リーダーシップは結果の後に何を引き受けるかで決まる
他責思考と自責思考
成果は語られ、失敗は語られない。
さらに言えば、成果は自分のもの、失敗は誰かのもの。
この構造から抜け出せない組織は、やがてどこへ向かうのでしょうか。
対照的な二人の経営者を想像してみてください。
一人は、結果が出なければ原因を部下に求める人。
もう一人は、結果がどうであれ判断の責任を自分に戻す人。
どちらの組織が、チームとして力を発揮できるか。
どちらが、人の力を結集できるか。
答えは明らかで、企業の未来はここで大きく分かれます。
成果だけが語られる組織では、人は次第に安全な判断しかしなくなります。
挑戦は減り、判断は過去の延長線に閉じていく。
問題は消えたのではなく、ただ語られなくなっただけです。
一方で、人の力が自然と集まっていく組織があります。
会議では、うまくいかなかった判断が先に共有されます。
誰かを責めるためではなく、「次はどうするか」を考えるために。
その場では、言い訳よりも事実が語られ、評価よりも学びが優先されます。
結果として、次の判断が早くなり、挑戦の数が増えていきます。
組織が停滞するとき、そこには必ず「語られない失敗」が存在しています。
リーダーシップは、判断をどう引き受けるかで決まる
リーダーシップの本質は、役職や肩書きではありません。
それは、出来事にどう向き合うかという姿勢です。
結果が良くても、悪くても、
「その判断は何を生んだのか」を自分のものとして引き受ける。
この姿勢があるかどうかで、組織の学習速度は大きく変わります。
改善も成長も、責任の所在が明確になった瞬間からしか始まりません。
ここで、「朝令暮改」という言葉を考えてみます。
一般には、悪い意味で使われることが多い言葉です。
朝に出した命令を、夕方には変えてしまう。
方針や指示が短期間で変わり続け、現場が振り回される状態を指します。
ただし、問題は「変えたこと」そのものではありません。
判断の軸や理由が示されないまま変更されること。
その結果、責任の所在が曖昧になり、不信が生まれることです。
一方で、判断を早く修正できる組織も存在します。
新しい事実が出たとき、誤りに気づいたとき、
その理由を言葉にし、判断を更新する。
この場合、朝令暮改は「軽さ」ではなく、
判断の速さと、学び続ける姿勢を意味します。
両者を分ける境目は明確です。
悪い朝令暮改は、方針や指示が短期間で変わり続け、その理由や判断の主語が示されないまま、現場が振り回される状態を指します。
一方、良い朝令暮改は、新しい事実に向き合い、誤りに気づいたとき、
「自分の判断を、こう修正する」と言葉にできる自責の姿勢に立っています。
つまり、問題なのは朝令暮改ではありません。
問題なのは、判断を変えた理由を引き受けているかどうかです。
リーダーシップとは、判断を出すことではなく、
判断の結果を引き受け続ける姿勢そのものです。
組織を前に進めるのは、「当てる力」ではなく、自責で向き合う力
組織を動かす力は、正解を当て続ける力ではありません。
起きた事実を正確に見る。
原因を整理する。
次に何を変えるかを決める。
この積み重ねが、結果として組織を前に進めます。
重要なのは、判断の精度ではなく、判断の後にどう向き合うかです。
ここで言う自責とは、自分を責めることではありません。
自分を追い込むことでも、反省を繰り返すことでもない。
自責とは、意思決定の主語を常に自分に戻すこと。
環境や人のせいに流れそうになったとき、
「それでも自分は何を選んだのか」と問い直すことです。
それは、自分を痛めつける行為ではなく、
成長を止めないための覚悟です。
覚悟がある限り、組織は止まらない
すべてを自分から始めると決めたリーダーのもとでは、
失敗は次の判断材料になります。
成果は偶然ではなく、再現できるものに変わっていきます。
実際、組織が前に進み続けている現場では、
結果の良し悪しよりも、
「その判断から何を学ぶか」が自然に共有されています。
自責で考えない限り、改善は起きません。
判断を外に置いたままでは、
振り返りは形だけになり、次の一手も変わらないからです。
覚悟がある限り、組織は止まりません。
止まるのは、判断の主語が自分から離れたときです。
あなたの組織は、そしてあなたの会社の経営者は、
他責思考ですか、自責思考ですか。
いま、どちらの姿勢に立っていますか。
リーダーシップは結果の後に何を引き受けるかで決まる










