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1200年前の工場を見学する

近所で遺跡が発見されたのは知っていましたが、なんと1200年前の工場でした。

それも当時としては最先端の技術が使われた工場というから驚きです。

近所で2年がかりで都市計画道路工事が進んでいました。

ですが、ある時期からその工事がぴったりと止まってしまったんです。

その理由が今回、明らかになりました。

 

1200年前の瓦工場だったのです。

今回の調査で発見されたのは、

奈良時代(8世紀・1200年前頃)から平安時代(9世紀・1100年前頃)の平窯(ひらがま)、穴窯(あながま)です。

遺物は、整理用の箱で700箱以上が発見され、大半が丸瓦や平瓦。

軒先を飾る軒丸瓦、軒平瓦、建物の先端に使われた棟平瓦、鬼瓦も見つかったそうです。

 

先週末に、現地説明会があるという知らせを聞いて、とても楽しみにしていました。

発掘現場はこのようになっています。

反対側からの撮影です。

当日の説明と説明用資料から要約して紹介します。

 

今から1200年前、この一帯では、陸奥国分寺、陸奥国分尼寺、多賀城などの

国家的施設の建築に使われた瓦を生産する一大窯業地帯がありました。

当時、瓦は宮殿や寺、国の施設などの一部の建物に用いられていました。

 

今回の発掘調査で9基の窯が発見され、そのうち2基はロストル式の平窯で、

東北では2例目、全国的に見ても保存状態が極めて良好ということでした。

これがロストル式の平窯。

手前に燃焼部があり、その仕切りの壁の下には炎を通す通焔孔(つうえんこう)が見えます。

これは上部から撮影したロストル(分焔しょう)です。

丘陵の斜面を利用した窯も見つかっています。

日本三代実録によると、貞観11年(869年)の大地震の翌年に瓦造りを得意とした新羅人を陸奥国に配属したという記録があることから、今回の発見がこの出来事(大地震があって大量の瓦を必要とした)との関連がある可能性がある(調査中なので断定はできない)ということです。

 

この場所は説明会後すぐ覆いがかけられているので現在は見ることができません。

実は当日仕事の締め切りに追われ、遺跡の見学など悠長にしている場合ではなかったのですが、

しばし、平安ロマンに浸りました。係の方の説明もとてもわかりやすく、たっぷりと歴史を堪能しました。

調査員の方にも発掘作業の裏話やら貴重なお話しを聞かせてもらえました。

 

で、都市計画道路工事の話しになりますが、

正直この場所に道路が開通するととても便利になります。

でも、便利になると手放さなければならないものはとても大きい。

 

この上に道路を通すのもいろいろな障害もあるようです。

途中まで開通した道路の行く末について、当事者の方々は困っているようです。

利便性、予算、環境、歴史、税金の使い道、文化財。。。

 

私、個人としてはこの工事が中断していることによる不便さは許容範囲です。

便利でない体験の方が記憶に残るものです。

ですが、この発掘調査の着地点は見えていません。どの方向に落ち着くのでしょうかね。

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コメント

  1. 1200年前のものですか!
    これはすごいですよね。
    こういうの見るの好きですね。
    昔の人のすごさを垣間見れますよね。
    応援クリック!ぽちっ

  2. 大場さん、こんばんは!
    当事者であればわぁすごいで終われませんよね。悩ましいですね。
    応援!

    • 管理部の猛者
    • 2007年 6月 01日

    うはぁ~懐かしいですねぇ...
    アチキは学生時代に、この下の方で発掘していました!
    遺跡が現れるまでは肉体労働だけなのですが、何故か気分は宝探し状態ですよ。
    わくわくする気分は、この写真を見てぶり返しましたねぇ~
    調査員は知り合いが担当しているのですが、連日連夜の議論(と言う名の宴)が激しかったみたいです(笑)

  3. こんにちは。
    ご無沙汰しています。
    瓦の技術者は大陸の人々だったのかもしれませんね。
    過去の活気に思いをはせる気持ち、よくわかります。

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